槍穂高縦走1998年8月9日(日)〜12日(水)
念願の槍穂高縦走、槍ケ岳では最高の天気で素晴らしい展望に感動。でも縦走路ではあいにくのガス、怖さも中途半端に終わってしまった。最終日は大雨、雷、地震と思い出多い山歩きで締めくくることが出来たが、予定変更でジャンダルムから西穂高は中止となり宿題を残してしまった
8/09 晴れ 上高地…徳沢キャンプ場(泊)
1540 1715
8/10 晴れ 徳沢…天狗原分岐…槍ケ岳山荘……槍ケ岳…槍ケ岳山荘(泊)
0540 1040 1325-1350 1425-1450 1515
8/11 曇り 槍ケ岳山荘…南岳…北穂高岳……涸沢岳…穂高岳山荘(泊)
0540 0725 1010-1030 1225-1235 1250
8/12 雨、雷 山荘…奥穂高岳…紀美子平…前穂高岳…岳沢ヒュッテ…上高地
0530 0600-0615 0720-0725 0800-0820 1000-1015 1140
ようやく念願の槍ケ岳から穂高連峰の縦走に挑戦する機会がやってきた。沢渡からバスに乗り上高地をめざす。車窓より焼岳の雄姿や大正池の奥に聳える穂高の山容に思わず見とれる。平日のためか上高地は割と空いているようだ。登山届けを提出し今日の宿泊地徳沢キャンプ場へと急ぐ。草原の気持ちよいキャンプ場には色とりどりのテントがすでにかなり張られている。今宵の宿はツエルトである。シュラフカバーのみであるが、割と心地よく寝れた。夜中に地震らしい揺れを感じたが夢だったのだろうか?
翌日も天気は上々、暑いくらいだ。横尾で休んでいると男性が電話で「地震のため滝谷が…屏風岩が…中止した方が…」なんて話している。聞くと先日の地震で影響があったようだ。横尾山荘で情報収集するがよく分からないらしい。まあ、槍ケ岳迄は大丈夫だろうと出発する。
一ノ俣、二ノ俣と過ぎ槍沢ロッジを少し過ぎたところで槍の穂先を見ることが出来た。いよいよ来たんだなあと感慨もひとしおだ。そして岩小屋の所の水場で喉を潤し水筒を満たす。大曲りあたりでは右手の斜面にフーロや百合、黄色い花が綺麗だ。前方は緩やかに広がるパノラマ状の景観で開放感一杯である。しかし緩やかに見えた登りも以外としんどい。天狗原分岐を過ぎ水場に到着。ここらあたりから振り返れば常念、蝶が岳の展望がバッチリだ。いやあ、先日常念に登ったときも天気良かったよなあ
もしかして私って晴れ男…
グリーンバンドでは槍沢の奥に槍が岳がそびえ立っているのが見える。いやあ、あれが槍が岳かとしばしうっとりと見つめる。早くあの頂上に立ちたいと気が焦るがここからのジグザグの登りも以外としんどい。播隆上人がこもったという坊主岩屋を過ぎると殺生ヒュッテはすぐだ。キャンプ場も色とりどりのテントで埋まっている。そして遂に槍ケ岳山荘に到着。早く頂上へ…との気持ちを抑えてまずは泊まりの手続きだ。テント場は満員御礼でせっかくテント担いできたのにねえ…と言う人達も沢山いた。それにしても怖そうなところがテント場だなあ、さすが槍ケ岳と感心する。
槍への岩場には沢山の人がへばりついている。さすが人気の山だなあ、さあ、頂上へ出発だあ〜
登りと下りが一緒になるところでは渋滞となっている。しかし焦ることはない。頂上はもうすぐだ。こんな良い展望を急いで登ったらもったいない。登りも下りも動かない状況もたびたびであったが、いやあ、素晴らしい展望ですねえ、混んでますねえ等と話を交わしたり写真を撮ってもらったり…どの顔も満足で一杯だ。そして頂上、狭い頂上に沢山の人、人、人…記念撮影を撮ろうにも大変な混雑である。360度の展望である。初めての槍ケ岳でこんなに素晴らしい展望に恵まれて私って幸せ!!
明日はあの縦走路を歩くのかと地図と見比べながら山座同定に励む。あそこ辺りが大キレットかなあ?あれが奥穂かな?結構歩きがいがありそうだなあ…
そして下山、下りは割と空いていたのでスイスイと降りることが出来た。小屋に戻りテラスから頂上へ連なる人達を眺めたり同室の人と談笑したりして夕食を迎える。念願の夕日は天気が下り坂なのかガスがかかってきていまいちの夕焼けであった。それでも寒い中ヤッケを着てシャッターチャンスを待つ。泊まりは以外と空いていて隣の人と触れ合うこともなくゆったりと寝ることが出来た。天気予報は曇りと言っている。
涸沢への道も通れそうだとの情報にほっとする。
そして朝、残念ながら爽やかな日の出は望めなかった。ガスってて寒そうだ。雨具を着込み同室の人と前後して出発。念願の縦走路はガスで展望は殆どない。視界200mと言ったところか…中岳、南岳と順調に進みいよいよキレットの下りが始まる。ここらあたりから時々ガスが切れ常念方面が見え隠れする。切れ落ちた岩稜、鎖場、梯子…でもあいにくのガスで怖さも半減しちょっとがっかり…途中馬の背のような所で外人の青年と綺麗なお嬢さんに「いやあ、怖くて進めないわ、どうやっていったらいいかしら。手本見せて下さい」と頼まれる。「こうやって、ここに足かけて、そうそう、ここは慎重に…」と手本となるように慎重に歩く。ここらあたりから小屋で一緒だった単独行の二人と同行する事となる。この二人とは下山する迄一緒に行動となった。
長谷川のピーク、飛騨泣きってどこかなあと思いながら歩いてきたが分からずじまい…そして厳しいガレ場の登りで北穂高へは以外と早く着いてしまった。山頂では槍の穂先が時々ガスの切れ間から顔を出している。槍が見える間に写真を撮ろうと皆頑張っているが、天候は気まぐれ…なかなかうまくいかない。常念方面も見え隠れしている。へりが降りるので小屋へ待避してくれと言われ小屋のテラスで一休みする。ここで雨具を脱いだ。そして最後の難関涸沢岳へと向かう。
涸沢の登りでは先日の地震の影響か、登山道が新しいボルトや鎖で修復されているが、真新しいガレや浮いた石で緊張の瞬間である。落石の恐れがあるため1人づつ慎重に登る。ガスが切れたとき見える右手の岩峰に凄いなあと感嘆の声、天気良かったらなあ…そして頑張って最後の急登で涸沢到着。ここでは展望無し。記念撮影もそこそこに穂高岳山荘に向かう。涸沢のテント場も色とりどりでカラフルだ。涸沢カールや前穂、北尾根方面の展望はまずまずだ。ようやく緊張感から開放され穂高岳山荘に到着。あいにくの天候で予定変更の人が多いのかまだ時間も早いのに結構な人がたむろしている。夕食までの長い時間、同室の人と山談義、明日の行程どうしようか等とガスの濃くなるテラスでビール飲みながら過ごす。
今宵も割と少ないのか、布団一枚に2人づつと順番に詰めこまれたが、夕食も終わればもう来る人もいない。開いているところに適当に移動し今晩も人と触れ合うことなくゆっくりと寝れた。天気予報は下り坂、一時雨、雷も…だって
夜中かなりの雨が降ったようだ。予定ではジャンダルムから西穂高、山荘に泊まりそして焼岳経由で下山と思っていたが、風も強く視界もない。13日も悪くなるとの予報、それに雷まで予想されるんでは危険を冒してまで行く勇気はない。同行の単独行氏ともに予定変更し前穂高経由で下山することとした。奥穂への登りではかなり強い風だ。雨はそれほど強くない。しかし山頂に近づくにつれ雨がひどくなってきた。それでも元気に奥穂高だけに到着。3人で記念撮影をして「あれがジャンダルムだよ、良い景色だねえ」「あれが西穂かな」等と仮想展望を楽しむ。
雨は強くなったり弱くなったりしていたが、紀美子平付近では本格的な大雨となる。雨具の手入れが悪いせいか、少ししみ込んできた。ザックカバーのそこには水がたまっている。でも革靴はバッチリだ。前穂高には空身で登る。山頂では展望ゼロ、ケルンがガスの中にそそり立つ姿を見て、「あれが奥穂だ、あっちは槍ケ岳かな、それが北穂に涸沢岳、いやあ良い展望だねえ」等と3人であいにくの雨にもかかわらずはしゃいでいる。待てども天気回復の見込みはゼロ、今度来るときは快晴で迎えてくれよと下山する。紀美子平からの下山中に雷がゴロゴロと鳴り響く。山頂でなくてよかったなあと胸を撫で下ろす。幸いピカッからゴロゴロまで割と時間があったので安心する。近くなったらハイマツにでも潜り込もうと相談しながら下る。
それにしても重太郎新道はしんどかった。雨で岩が滑りやすい。雷は過ぎてしまったようだ。長い鎖や梯子、雨で川のように流れる登山道と緊張の連続。この雨、雷の中でも登ってくる人がいる。気を付けてねと挨拶をかわす。厳しい下りも終わり雨も小降りになってきた。岳沢ヒュッテが見えてきた頃綺麗なお花畑で写真を撮っていると、突然ゴゴゴって感じで山が揺れた「あ、地震だ!!」向かいの山が一瞬白くなったように見えた途端ゴロゴロと大きな岩いくつもが落ちてくる。落石だ!!幸い遠く離れていたので安堵したが、縦走路やジャンダルムを歩いていたらと思うと生きた心地がしなかった。(下山して聞いた話だが上高地でもゴロゴロと落石の音が聞こえたそうだ)
そして岳沢ヒュッテも間近となったが、沢が増水して渉れないとのこと。冗談で渉れないかもねなんて言ってたら本当にそうなってしまった。幸い小屋の人が急遽梯子と板で橋をかけてくれたので無事渡ることが出来た。有難うございました。感謝!!
これより上高地まではだらだらと樹林帯の下りで、かなり疲れてきたものの雨もやみ無事河童橋を越えバス停に到着した。梓川は泥水と化していた。また地震が来たらやばいとお土産を買うのも遠慮し、西穂山荘へ宿泊のキャンセルだけ連絡し、そうそうにバスに乗り込み上高地をあとにした。バスの中でも地震のことで話題は尽きなかった。
帰路の車中、15時頃上高地震度5弱の地震とラジオが伝えていた。登山者に被害はなかっただろうか心配である